ジュネーブの国際機関で活躍する日本人職員 世界知的所有権機関(WIPO) モンルワ 幸希(もんるわ・みゆき)さん

令和2年7月16日

 

Q1 現在のお仕事の内容を教えてください。

 WIPOは国連の専門機関で、「全ての人々に利するようなイノベーションとクリエイティビティを可能にする、バランス良く効果的な国際知財制度の発展」がミッションです。加盟国は現在193か国で、特許、商標、意匠、地理的表示、ドメインネーム、遺伝資源、先住民族の伝統的知識や文化表現等、様々な分野をカバーしています。
 私は「著作権・クリエイティブ産業部」で、プログラム・オフィサーとして働いています。WIPOが管理する著作権条約は数多く、著作権保護の国際的なスタンダードを作っています。しかし、条約や法律があるだけでは、作家、画家、音楽家、歌手、俳優、映画監督…といった方々は、食べていけません。彼らが権利に基づいて報酬を受け取り、それを次の創作活動に繋げ、世の中が沢山の創作物で潤う…という好循環が出来て初めて、著作権制度は真に意味を持つと言えるのではないでしょうか。
 多くの国には、著作権者に代わって作品のユーザーと契約を結び、集めた使用料を著作権者に分配する役割を担っている組織があります。「著作権管理団体」です。私の所属する「著作権管理課」は、世界各国の著作権管理団体に対してキャパシティ・ビルディングを行ったり、著作権管理に関する法律や規則の整備をしたり、加盟国の要請に応じ現地でイベントを開催したり、著作権管理業務のベスト・プラクティスを収集したりと、業務は多岐に渡ります。

 
      
Copyright: WIPO. Licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-NoDerivs 3.0 IGO License

著作権管理課の前は3年間、お隣の著作権法課に在籍し、「著作権と隣接権に関する常設委員会」(通常年2回開催)の事務局業務も経験しました。
ここでの加盟国間の議論を経て、条約が成立していくこともあります。
 

Q2 国際機関で働くことを目指されたきっかけについて教えてください。

 幼少時から、読書や絵画・音楽鑑賞が好きで、世界中様々な場所の文化に強く興味を持っていました。中高生の頃には、クリエイターの方々をサポートしていく仕事、さらに国際社会全体を文化的面から豊かにしていけるような仕事に惹かれるようになり、漠然とですが国際機関に興味を持つようになっていました。
 直接のきっかけは、大学在学中に模擬国連(Model United Nations)で活動した際、WIPOでの議論がテーマの模擬会議に参加したことでしょうか。「文化・クリエイティブ産業」と「国際機関」というキーワードが、WIPOで交差しているのがパッと見えたのです。

 

Q3 これまでのご自身のキャリアについて教えてください。

 海外交換留学のための奨学金が充実した大学を選び、学部時代は国際組織法を学ぶとともにアメリカへ留学しました。帰国後に国家公務員試験を受け、卒業後は経済産業省所管の研究所で、知財契約や知財管理戦略等を担当。数年後、やはり海外で挑戦したいという思いが強くなり、フランスに留学し、修士号を2つ(国際私法と知的財産法)取得しました。現地パリの知財事務所で数年働いたのち、JPOでWIPOに入り、新設の現ポストの公募に応募・採用されました。WIPOは今年で6年目です。
 振り返ると、国際機関も官僚機構なので、内部の仕事の進め方は日本の公的機関に通じるものがあります。一方で、WIPOの同僚には欧米の弁護士出身者も多いためか、個人の仕事のスタイルや職場の雰囲気は、フランスの法律事務所と似通っていたりします。なかなか一歩を踏み出せず、随分遠回りした気がしますが、無駄になる経験などないのかもしれません。
 

      
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私のオフィスが入ったビルの内部、一階の吹き抜けから(右)。オフィスの廊下(左)には、観葉植物が植えられた、憩いのコーヒースペースがあります。
私の個室はすぐ隣なので、ここで上司や同僚と一服することも。

 

Q4 国際機関で働く魅力や、やりがいについて教えてください。

 著作権というツールを通じ、グローバルレベルでよりクリエイティビティに満ちた豊かな社会を目指すのは、私の幼い頃からの情熱に合致しており、大変やりがいがあります。国際的な著作権制度の枠組み作りなど、スケールやインパクトの大きさも魅力です。さらに、デスクワークだけでなく、加盟国の要請で現地に行く機会も多いので、変化に富んだ日常を経験できます。
 国際的なチームの一員として働くのはチャレンジでもありますが、同時に、ユニークな発想やアイデアに触れる機会が多く、楽しいです。また、雇用環境としては、国際的な競争にさらされますが、反面、知識やスキルに磨きをかけ続ける貪欲な同僚が多いので、常に成長していけるような刺激的な環境と言えます。
 仕事柄か、お世話になる方々の中には、音楽、映画、絵画、ダンス、カメラ、ファッションなど、趣味もクリエイティブで魅力的な方も多いように感じます。また、個人的には、各種国際会議の機会に、国際色豊かな文化的な展示やイベントが、数多く開催されるのも楽しみのひとつです。
 

      
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WIPOの総会中に開催されたショーの一幕、ジョージア(左)とペルー(右)のダンス。世界の文化の多様性と素晴らしさを改めて感じるひと時。
なお、ダンサーたちにも著作隣接権があり、WIPOが管理する条約で保護されています。


 

Q5 4人のお子さんがいらっしゃるとのことですが、仕事と育児の両立についてのお話をお聞かせください。

 長男は日本、次男はフランス、双子の長女と次女はスイスで出産しました。キャリア構築の合間に、出産のタイミングや育児との両立を図っていくのは、どの国であろうとチャレンジです。
 ただ、一般的に、国際機関では職場の理解を得やすい面もあると思います。例えば、双子妊娠を報告した時、上司からは「僕らは職業人である前に人間なのだから、家族という人生の宝を大切にしなくては」と励ましていただきました。同じく双子の母である先輩職員が、幹部として活躍している事実にも勇気づけられました。どうにかこうにか元気に働いていられるのは、周りの方々のおかげです。
 もちろん、周囲の支援に甘んじることなく、日頃から能率的に働いて評価され、信頼関係を築いておくことは大切でしょう。私は、幸いなことに双子妊娠の経過が順調だったため、妊娠9か月半近くまで働き続け、双子が3か月になる前に職場復帰しました。





ジュネーヴ周辺は子連れで気軽に自然を楽しめる場所が多く、東京やパリと比べても、子育てしやすいと思います。
自宅から45分ほどの所にあるレマン湖畔のハイキングコース(上)と、75分ほどの所にあるモンブランを間近に臨むコース(下)。


 

Q6 これから国際機関で働くことを目指す方にアドバイスをお願いいたします。

 情熱、専門知識、関連分野での職務経験、フィールド経験、語学、コミュニケーション力、適応力、仕事を創出する力、キャリアパスを戦略的に描き実行する力…等々、望ましい資質は、既に先輩方がご指摘の通りで、未熟者の私が何か付け加えるまでもないと思います。その上で、もし20代の臆病な自分自身に会えるのなら、「恐れず一歩踏み出せ。足を動かし人に会え」と助言するかもしれません。留学先も国際機関が集まる都市を選べば、在学中からネットワーキングができます。ラッキーなら、インターン等のチャンスや、メンターのような立場になってくれる人との出会いもあるかもしれません。
 なお、ジュネーヴには「国際機関日本人職員会 (JSAG)」があります。各種セミナーや勉強会、日本人職員インタビュー、日本からの国際機関への訪問団の受け入れ等を行っており、こうした機会を利用した人脈構築も可能と思います。ご興味のある方は是非、イベントなどに参加されてはいかがでしょうか。https://jsag-geneva.blogspot.com/ 

 
とある一日の流れ
(一例。スケジュールは毎日異なり、現在はCovid-19の影響でテレワークも続いています)
 
 8:00  
 
子供たちを夫に任せ出勤。移動中にメール、業務に関連するニュース記事をチェック。緊急案件対応。
 
10:00  
 アジアA国の著作権庁と電話会議。著作権法改正、著作権管理団体を新たに設置、さらにステークホルダーのアウェアネス・レイジング(著作権に関する意識啓発)のためイベント開催希望。部内コーディネートが必要と判断し、隣の課の担当者らにメールを打つ。
 
14:30  
 ラテンアメリカB国の某ステークホルダーと電話会議。同じ地域のC国からの要請で作成した調査物のレビューをお願いしていた。
電話で趣旨を再確認。週明けにコメントを送ってくれるとのこと。
 
15:30
 直属上司や同僚とコーヒー休憩。プロジェクトの進捗状況や懸念事項を共有。
 
16:30
 状況が落ち着き始め、熟考が必要な調査物や文書作成に取り組む。この日はアフリカD国から要請があった著作権規則案を読み込む。
国際的なベスト・プラクティスも踏まえ、中立的な立場でコメント。
 
17:30
 シッターさんとの契約時間に間に合うよう、走ってバス停へ(この日は朝が早かったが、夫と朝夜の担当を交換する日も多い)。
 
20:30
 子供たちの就寝後、メールチェック。その後、調査物や文書作成の続き、現在習得中のスペイン語に取り組む。
 

 
 
[本稿は筆者個人の意見であり、WIPOの意見とは一切関係ありません。]

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